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2015 01 11 MIKKYOZ LIVE at 砂丘館 "SPECTRA FEED"
→ MIKKYOZ.com

20150128

正直、空なんかもう灰色の雲ばかりで、
その隙間から透き通る様な水色が
チラリと見えれば有り難いくらいの陰鬱な空気で
此処で生活しているだけで気持ちが薄暗く
澱んでくる様な街に
生まれてから数十年と暮らしている。

”それらしい”事しかない。
根っから生まれ育ってきた文化なんて多分一握り
そんな土壌も無い。
都心まで車で6時間、高速電車で2時間、
ここの人が憧れる情報最先端まで其の位の距離、近さ故
陰鬱にまみれる人柄はそれ相応にねじ曲がり、
先端を真似したその上で
ちゃっかりとソレよりも羨ましがられる様になりたい
と思う歪な精神性。
コンビニエントに先端を装いたい単純な思考は
"流行に敏感"と手っ取り早く真似する事で
自分たちの価値基準で何かを生み出すなんて
ひとかけらの気持ちもないのだ。
文化を纏ってポーズを付ければ大勢にちやほやさせる。
欲求なんてそれ位の事で解消される安直さ。

心の根っこで自分の感覚に自身が無い、
から能動的に何か始める事なんてない。
流行ものを真似てそれで終わり。
はなからそんな心構えなのだ。
田舎根性だらけの都会文化の植民地。
一言で言えば「地獄」


私は神経を痛めて病んでしまっているので
歩いているとフラフラとめまいがする。
それは汚泥の様な澱み蔓延した自意識に当てられてなのか、
それとも頸椎ヘルニアが巻き起こす神経の反射の所為なのか、
部屋を出るとめまいの様に視線が泳ぎ、
子どもの頃に意味も無く遊ぶ
くるくる廻り過ぎた時になるアレの様に、
目線が定まらずに只々焦点の合わない目で
街を眺めながら歩く。あ、散歩と言うのか。

澱んだ町並みを目眩混じりにふらりと歩くと
そんな自意識を無視出来る、
というか確認する事をスルーする。
見えるものは生の気配のない人工物と少しの自然で、
人工物は魂の無い固まりとして至る所に点々と存在して
生活を形成する社会部品として
綺麗に塗り固められた状態で放置(管理)されている。
橋梁、階段、電信柱、壁のようなそういうやつ。
比べて自然はたくましい。
偉大な神木、大きな力の様に奉られる事なんて無く、
只々生きる為に根を張り育ち命を広げる。
雑草、木、花、独自の生体で本能の侭に命を突き進むのだ。

目眩の揺れの中に私の目に飛び込んでくる小さな命の息吹と
加工されたコンクリートの固まり。
命は容易にコンクリートを突き破り裂け目から水分を得ると
蔦を這わせて無命の間に侵蝕するそのエネルギー。
混ざり込むその姿はまさに生と無の混ざり合った都市と人間を想起させる。
人体の神経感受はエネルギーの波動に敏感に反応して
生きる命と波動を無意識にシンクロさせる。
これは人間の本能なのか。
どこかの話ではなくふらりと少し外に出ると
実はそこかしこにそれらは転がっている。

社会、文明、経済にまみれてそれが生きる事と思い込み
都市で生きていく上では其れは思考からショートカットされる。
要らない思考として処理される。

しかしひとたび生命と加工物のフュージョン姿に意識が向くと、
其れに当てられ自然物である肉体に意識が向けられる。
忘れかけていた生き物としての人体とエネルギーに再度気付かされるのだ。

目眩の中で見る其れ等は夢なのか?
自意識の汚泥が澱み堪る都市生活社会が現実なのか?
いや逆に其れこそが本当は夢なのだ。
文化を消費し着飾り欲求を振りまく其処こそがまやかしの"常識"なのだ。

MIKKYOZの作品に触れるとそれを体験せずとも
頭の中に同じ作用を感じ取る事が出来る。
彼らは神経に作用する様に鳴り響く音塊と映像や写真を操り
夢をコントロールするかの様に意識の中に滑り込み
本来の生き物たる人間の自己探求思考を
作用させるべく作品を制作する。
自意識の汚泥の蔓延する上っ面の"文化地獄"の中で
生身の命の鼓動を鳴らし提示し続ける。

それは密教の術式を用いて人間本来の力を引き出し
操作する技術の様に真の現実を我々に提示し続ける僧侶だ。

08:39 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
Tomato n' Pine 解散
今回、今年一杯の活動を持ってトマパイが解散してしまう
と言うニュースが流されて、此処最近トマパイについて
思考していた事何かを記して行きたいなと思います。
あくまで個人解釈であります。。

過去POSTにおいて私が見ていたトマパイなる集合について、
最近の展開で明らかに醒めていた部分が有りました。

事象の流れで追って行くならば、私が没中し
感動していた彼女達の魅力の一つに
「少女達と並走する作品制作によって
楽曲と本人達との乖離を意識する事無く
キラキラした少女の輝き」
を堪能出来た部分が大きかった気がします。

故に現代少女の突飛さなどに目を引かれる事無く
刹那的な輝きに魅了される事が出来た。
私はこう考えておりました。

そんな私が没中しておる最中にプロデューサーであります
Jane Su女史がお話の語り口調の面白さから頻繁に
ラジオ番組に出演し始めました。
其処で語られた事に関しては大して何が有った等は
気になる事は無く、寧ろ
「彼女達のファンの事を考えるとね(下ネタはスルーします)」
的な心配りが有った気がしました。


そして変化はこの辺りから始まった様な気がします。

其処で評価を得てか今度は毎週コメンテイターとして
出演するラジオ番組が始まります。
其処ではタブー無く下ネタから人生相談、何でも方便に語られて
キャラクタ、内容共に評判を得て音楽プロデューサーというより
演者としてラジオリスナーから人気を得て行き、
更にはラジオ番組経由でのファンがグループに沢山出没し
人気が出て来た様にも思います。

そういった流れでリリースされたトマパイ 3rd sg
「ジングルガール上位時代」
この作品はプロデューサーのルーツとして語られた
ブラックミュージックの影響を大きく含ませた様な
上質なポップスだったとは思います。

しかしながら私が聞いた印象から言うとこの曲からは
少女達に並走させて輝かせる様なTomapai音楽では無く、
演者に移り変わったJane Suの自意識を大きく反映させた
"Janeの曲"の様に感じました。
若い頃遊んだ西麻布でのクラビングの模様を歌う様な歌詞等
明らかに歌い手である現代の娘御達を置いてけぼりにした楽曲。
この違和感、
"Girls達の居場所を作ってあげる"
といったコンセプトから逸脱した瞬間。

しかし、このレコードはその隠れ仕込まれた暗号的音楽情報や
マニアックなトラックメイキング故、支持し"楽曲派"と呼ばれるには
打ってつけのアイテムとなり、
「ジングルガールを勧めていればセンスがいい」
的な雰囲気すら作って行った様に私は感じます。

更にアイドルポップスなのに奥深い音楽遊びをしていると
評価する音楽評論誌、ラジオリスナーからの声で
この路線が評価されたのだと言う流れが出来てしまうのでした。
そうなれば作り手の方向は迷う事無く
以前の反応が薄いやり方ではなく
こちらにシフトして行くのもしょうがなかったかもしれません。



私が見ていたキラキラと輝いていたこのグループは
この頃にはたぶん終わっていたのでしょう。

この後に様々なゲストを迎えた"クラブ"パーティイベント「PS2U」等
コンスタントに販売促進ライブ活動等も行われ、
遂には第二期総決算CD album「PS4U」も発売。

収録曲には過去のsgを総浚いしつつ新曲を含有。
ラテンフレイバーの「踊れカルナヴァル」

他アイドルの影響からかエレクトロポップスに
強引にヘヴィリフをかませる"奇形曲"
「そして寝る間もなくソリチュード (SNS)」

スキャットマンmeetsカーディガンズな「Train Scatting」

等、様々な風味を含ませながらも演者本人達を置いてけぼり且つ
裏方の「私たちマニアックでしょ」的音遊びした様な楽曲が並び、
キラキラを放つ「キャプテンは君だ」「旅立ちトランスファー」
等が霞む様にも聴こえ、
沢山の方達が言う様な名盤には私には聴こえなかった。






”但私が好きではない音楽である”と言う事だけなのです本当は。


でも
例えばこういう変化がいけないと言っている訳では全く無く
これ以上の奇跡の様な瞬間と音楽をこのグループの過去に
楽しんで来たからこその幻滅かもしれない。


一気に心離れた彼女達を殆ど追いかける事はもう無く
そして、追いかける事無く今回の解散に至ってしまった。

不思議と寂しさ等は無く「あぁ、そうなのか」位の心の動きで、
其れはもう何となくドッチラケになってしまっていた彼女達の様子を
少し感受していたからかもしれない。

ただ、猛烈に恋し、夢中になり追いかけたこのグループを
あのキラキラと輝いていた瞬間だけでも
見ている事が出来た其れは忘れたくはないし
いつまでも素敵だった音楽、映像を
此れからも再生して行くと思う。

何かが始まったならば必ず終わりは来てしまうもので
其れを否定はしないし受け入れなければならないのだ本当。

私の中では"肩越し右ピース"しながら"三つ数えてバイバイ"と
笑顔でさよならして行ったよ。さらば。。

おつかれさまでした◎
07:10 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
Perfume : spending all my time PV 私の解釈 第一次接触
出れない部屋:逃れられないグループブランド,柵

その中でならどんな魔法も
凄い事も起こせるけれども
あくまで認知されているのは人間ではなく
ナンバリングされたアイコンとしての個人
詩は「いつまでもあなたの事、愛してますよ」
みたいな感じなのかな?
英語解らないけれども。。
無表情で其れの繰り返し
"あなたの見ている私たちはフィクションですよ"
その上で歌を聴いてね
みたいな事

とかなのかな。

言葉なんてワックだ。って所まで飛躍してもいい?…ですか(笑)

ハンドサインに関しては知識が無いので
意味までは解らないです(笑)

感想は各々が勝手に思考出来るから楽しい◎



何だか前のアルバムが出る頃から
自分の意志でどうにも出来ないという
このグループシステムの柵に対しての
メンバーの苛立みたいなものが
見え隠れしてしまうので
そう言う風にばかり解釈が
行ってしまうのですが、
どうなんだろう。。

「やっとアルバムが出ます!」って言って
泣き出しちゃった所とか
会社や作曲家が乗り気にならないと
本人達にやる気が有った所で
何も生み出せずどうにも出来ない
アイドルシステムの辛さなのかな。。

なんてボンヤリ思ってみたり

一見しての感想だからすっと見てたら
もっと変わって来るかも(笑)
22:13 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
音楽の話 7/17
入荷日、私が確実にレコ屋さんを覗きにいく日。
火曜日はそんな日。殆どのレコは発売日水曜日。
前日入荷で出しちゃう"フラゲ"の日が今日。。

どんなのが出ているのかな?
どんなのが聴けるのかな?
 
いつも楽しみでいつも幻滅しに行くのも日常で(笑)

そこで試聴機に夢中になってた所、
私が青年時代に中古屋さんで働いていた頃の
同僚と久しぶりに遭ったのです。

頭カチンコチンのヤング私の音楽意識を
様々な方向からぶっ壊してくれた先輩
古い黒人音楽、優しいフォークミュージック、
色んなのを教えて貰ったけれども
彼によってドンハマりさせられたのは
"フィッシュマンズ"
でした。

私は五月蝿く重たいハードコアサウンド
ばっかり聴いてたのに
今まで聴いた事無かったレゲエポップスに
心を持って行かれたのです。

沢山聴いてた頃に中心人物の佐藤さんは
他界されてしまい
今日話した限りでは僕らの中では
もうバンドとして死んでいた。

今日、レコ屋のリスニングには
"フィッシュマンズ+"
なるものが装填されていた。

「そうそう、あれどうだった?」と私。
「あー、あれね、もうどうなんだろうね?」と彼。

いくらzakさんがやっていても
欣ちゃんと譲さんがやっていても
私たちの共通認識は
「もう終わったバンド」
だったの。。
郁子さんも永積さんもやくしまるさんも
フィッシュマンズなんかじゃない。
ましてや「あの頭おかしい子(友人談)」
なんかがフィッシュマンズであってほしくない。


色んな人が沢山いる世の中だから
色んな遊びがあっても全然構わない。のだけれども、
此れをフィッシュマンズとしているリスナーは
何をフィッシュマンズというモノに
何を観ているのだろうかな?
って単純に疑問に思うのさ。

友人の彼は佐藤さんの生きていた頃のライブを
何度か観ていて、その彼をして
「もういいよね、笑」って言葉が出る。

その異形感。

物事、ぱたんっていきなり終わってしまうっていうのも
私は何だか大事な事だと思うなぁ。。

"けじめ"ね


トッツアンが死んでしまったSxOxB、
623ちゃんが死んでしまったSJM、
私が知らんくても沢山あるだろうに。
死んじゃったりしてなくても解散してしまうバンド、
引退しちゃって一般人に戻っちゃうアイドル、

形として続いて行くものも終わってしまうものも
どっちもあるのね。

でも"同じ"じゃないっていうのは
もう終わってしまったという事と一緒なのかも
なんて思ってみたり。

個人的にはサバッと終わってしまう方が
すっきりするなぁ。。
02:29 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
雑記 6/13
今朝,ボンヤリ
「"もち"の似顔絵描けるかなぁ」って思って
サラッと描いてみたら思いの外巧く描けて
更には自書ながら凄く可愛らしくて
「やっぱりもちだなぁ」ってなっているので
"もちシャチハタ"作ります。若しくはTシャツ。

21:49 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
生きる術
意図しない所から意図無く負の要素が介入してくる此れが社会。そして事故とも言える事象が起こる根源は己の憎しみ故だ。動物だという証は憎しみの解消に暴力へと向かう衝動で、人間として言葉と空気で伝わらない他者へは動物的に暴力でしか己の意図を伝える道理は無いのだ。
19:27 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
LABELをREBELして最新型を魅せ付けられた夜〜あらかじめ決められた恋人たちへ 4/6 恵比寿リキッドルーム〜


→オフィシャルサイト

→"あら恋のサウンドを生み出した10枚"リキッドルームのサイト


あらかじめ決められた恋人たちへ”とは
90年代後半に鍵盤ハーモニカ(ピアニカ)を奏でる池永正二をリーダーに
結成されたインストルメンタルバンドであります
オーガスタパブロ然としたレゲエ/ダブを基礎においた様な
日本人には小学生時代を思い起こさせる"あの"音色で
叙情的なメロディを奏でるスタイルに
エレクトロニクス、テクノ、ロックを混ぜ込んだ音楽。

私自身の最初の接触はNN-891102のサウンドトラックでの
リミックス音源が一番最初で
ちゃんとした音源で聴いたのは
maoからリリースされた「カラ」(2008年)
この頃の職場で展開を組んで結構反響を得たのを憶えております。

私の記憶の中、若しくはCD盤で再現されているのは
エレクトリックなトラックに美麗なピアニカメロディが乗る
素敵ポップスとしての認識で聴いていた感覚でありました。

今回リリースされるシングルは2曲収録で30分、
公開されたPVの"翌日"は17分超えの大作
前作PVで完全に京都版「小さな恋のメロディ」を見せ付けた
豪腕監督 柴田剛が制作し、都市に生活する幾組かの男女の恋模様をパッケージ。
過去2人は同じバンドで活動していた時期が有るとの事で
まさに阿吽の呼吸での表現ではなかろうか。
これがTubeで公開されて数日後の新譜を踏まえてのワンマンライブ。




当日、Twitter上には
「とにかく遊びに来てみてください。楽しくなかったらお金返します」
という呟きがアップされていたものの会場は大賑わい◎
何も問題無いではないか(笑)


ライブの内容に至っては正直冷静に観れない程の
ハイテンションで放射されるエネルギーに圧倒される事と
ゆったりとしたダウンビートで聴かせるメロディの緩急で
さざ波の様な展開で構成されていて一気に呑み込まれたのでした。

全体の基礎にはレゲエ/ダブのスタイルが敷き詰められてありながら
ジャンクロック/トランスを通過した太いベースに
力強いドラムとパーカッションで
ボアダムズさながらのライブアクション。
BPMが落ちると強烈なダウンビートが持つストンプに
四拍のキックで地を這う様なベットベトに変化する。
でありながら叙情的なメロディが
ピアニカとテルミンによって奏でられ上に被せられ、
まさに様々な音の渦が全方向から放射浸透してくるのだ。


全くMCする事無く、時に絶叫しながらシェイカーを振り、
ストンプ&ジャンプをするフロントマンの池永さんの姿は
バンドを統括する司祭の様で音が爆発する瞬間の
ダイナミズムとカタルシスに変換して観客を絶頂へと導いていく。
かと思いきや、胃袋のあたりがギューって締め付けられる様な
優しい笑顔のメロディを聴かせて
こちら側にガンガン揺さぶりをかけてくる。

途中、ゲストのギタリストの見汐麻衣さんが
参加した曲に至ってはギターノイズの嵐、
シューゲイズ顔負けの音圧の上をピアニカメロディと
綺麗な女性Vo.がサーフィンする。
聴き馴染みあるピアニカの音色は幼少時の記憶を含みつつ振動するリードが
脳味噌の皺に刺さる刃物の様な鋭角さで、
同時に鳴らされるテルミンの柔らかな音色ですら狂力に感情に作用する
伝波信号に変身してメロディの持つ魔力がより解り易く伝わって来る。

LASTは新譜曲の"翌日"。
映画のカウントリーダーが10から流れ始めて
背景にPVが流れ始めるのと同時に生演奏が始まる。
数日前よりモニタで見ていたアレとは全くの別モノ、
若しくは完全体Ver.
トランスとミドルテンポのトラックを効果的に含有させた楽曲は
完全に映像と合体して日常生活のスピード感を的確に捉えていて、
全く別表現である映像と音楽のシンクロ率をドンドン高めて
最後には完全に1000人の心の中にある日常を喚起させ、
涙ぐむ人、叫び始める人、抱き合う人等、
客席は完全に感情大解放状態に。

アンコールには話題の"BACK"のFull Ver.
reEDITされた"小さな恋のメロディ"が
さきの"翌日"同様、生演奏で同時再生
スクリーンを少年少女が映し出された瞬間、
観客も大歓声をあげる。
アタマが開いた様な興奮状態の侭、LIVE終了。

退場時にはロビーに「返金希望の方はこちら↓」の張り紙と共に
メンバーの方が居られるユーモア◎
但、其処に集まるのは返金希望者では無くサインや握手を求める方達ばかり




初めて観た「あらかじめ決められた恋人たちへ」のライブ
トラックメイキングを担当する池永さんの音楽遍歴が
全て一つの鍋に放り込まれた様にチラリと顔を出し
更なる新しい音楽のラベルを作り出した様に思えた。
過去、キャプションで
「いつまでもマイブラを待つよりもDeepersを聴こう」
というものを見た事が有る。
あまりにも当たり前な先人の評に惑わされる事無く
最新のスタイルで
心揺さぶる方が健全な気持ちになる。

ジャンル、ないしはレジェンドの様に奉られる
過去のバンドの亡霊を内包昇華させて
劣化コピーの様なニセモノを見せるのでは無く
あの頃の”あのバンド”に感じたハードコアが
此処には有った。
出鱈目なゲストのブッキングで生きながらえる
異形に成り代わった"原本"より、今感じれる最新型。
こちらを感受する方が健全なのではないかと私は思うのでした。

そして最近によく思う、
メロディが紡ぐ作用は言葉よりもかなり柔軟で
様々なイメージを感受させてくれる。
という点でダイレクトな他者への伝達方法である"言葉"とは
また別に受け手の心に容易に入り込み
各々の持つ感動のイメージのスイッチを入れて起爆させる

「音階の魔術恐るべし」を実感させられた夜でした◎





あらかじめ決められた恋人たちへ Live at 恵比寿Liquidroom 2012/04/06

setlist

1.fireglove
2.nothing
3.start
------------- 
4.ワカル 
5.calling  
-------------- 
6.十数えて
7.錆びる灯 
-----------------
ラジオが鳴る
8.ムダイ 
9.out
10.トカレフ 
--------------
11.前日 
--------------
12.よく眠る
13.アカリ
14.トオクノ
--------------
15.ラセン 
--------------
16.翌日

encore
back
16:10 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
代々木
約一年ぶりの代々木観覧



今日見た現場で感じられたのは現在では
"TomatoとPineと"もひとつ"は"気配りと優しさ♪"
ここが本当は核であるから成り立ってるトライアングル。

ちょっと見ていて危うさが感じられたのでした。

多分、ふと今日思った違和感の鍵はHINAさんが握っているのだろうなぁって。

とは別に、少し思っていた事。

正直言うと、運転手が過去私が見た頃と
スタンスが変わってしまって
"小さな女の子"の救済に
生きる上での美装された自意識が
紛れ込んでいる様な気がしてしまって。

ジングルガールsgにおいても名曲では
あるとは思うけれども
私がブチ抜かれたあのT&Pじゃなくなっている
と感じてしまうのは
以前コンセプトと演者が過剰加工しない事で
産まれる到達点という
"並走感"
に若干のノイズが入っているのではないだろうか
という推理

方法論の歪みなのではないかなぁ。

運転手のスイッチングのメリハリなのかも。。
正解不正解とは別にお客さんとして感じた事。嘘は言わないよ
01:13 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
雑記
暫くほったらかしにしておりましたが気が向いたのでメモの様にね。。


只今3/11になりました。

はやいもので一年が経ってしまいました。

あの日は祖母の死で腑抜けになって
ダラリとしている普通の午後を過ごしている最中でした。
いつもと違う大きく長い横揺れと
普通じゃない緊急警報が放送からガンガン流れて
ちょっと様子が違ったのでした。
しまいには激しい鉄砲水で家々が
流れ崩れる様子が放送され始めて
本当に「いつもと違うのだなと」
友人知人に連絡を取りまくったのです。
東北方面の友人はほとんど連絡が付かずに
心から「死なないでくれ」と
日頃信用していない神様に
手を合わせたりしたのでした。

戦後のどさくさを腕一本で駆け抜けて来た我が両親は
「なる様にしかならないのだから」と
サラリとすかし早々と眠ってしまったが
両親が眠っている間に何かあってはと
数日は昼夜逆転の生活をしていた。

TwitterとSkypeを使って安否を確認しまくったのと同時に
"これから本当に北斗の拳の様な世界になるやもしれない"と
物置からバットを持ち出し
部屋の枕元には皮のワークブーツ、
ペットボトル2本分の水を備えて
暫く入れないかもしれないと風呂に入り
念入りに体の隅々を温かいお湯で流したのでした。

数日間は警報が鳴り止まずにゆさりゆさりと揺れ続け
しまいには原子力発電所まで爆発した。
最悪だ。

で、ありながらココからもう大震災恐怖希釈が
この国で始まっていたのですね。

周りの友人達は様々な方向に意識を向けて
色んな思考を働かせる様になり
友人曰く「国民総鬱時代なのだ」と
皆がおかしな精神状態になった侭、
次第にあの出鱈目があたかももう完結してしまったかの様に
段々と薄れて行ったのでした。


国や報道は頭がクラクラする程に人間が死にまくったアレを
一年かけて国民の頭から脱色させた。

今やだらけながらお酒なんぞを呑んで
ホンワカしながらアホみたいに寝れるのだ。
其れは悪い事ではなくて寧ろ良い事なのかもしれない。
けれども心のどこかにはやっぱりどうにも出来ない
無茶苦茶な事がすぐ隣で起きていたのだという事を
忘れてしまっては駄目なのだとも思うのです。


お侍さんの時代ならばいつ誰から刃物で
斬り殺されても解らない魂のやり取りと
隣り合わせの暮らしだったろうに
戦争が終わって元号が変わって人間は
死なない生き物の様に社会が作られて来た。
其れは微温湯の様に居心地がとても良く、
誰の目にも触れない様に静かに人間は死んで
社会から居なくなるのです。
そういう中を生きている


「どうやら人間って死ぬらしいじゃないですか」

と誰かが言っていた言葉で
このまま終わる事の無い平和な世界をゆらりゆらりと暮らしている
私の頭にガツンと死を突きつけた。

"いつか死ぬ”

“いきなり死ぬ"

“もしかしたら明日死ぬ”

全部戯言なんかじゃなくて誰にでも隣にあるキッツい現実を
今一度心と頭に刷り込んで楽しい人生をこれからも過ごせればと
心から思うのであります。


追記

震災後、やり場の無い恐怖でモヤモヤした最中、
チャラン・ポ・ランタンというバンドをやっておられる
小春さんとももちゃんの姉妹が真っ暗い部屋にランプを付けて
皆の知っている歌を得意のアコーディオンにのせて
リクエスト大会をUst放送しておられた。
ソーシャルストリームでリクエストを募り、
その場で歌を歌っていたのです。
音楽は様々な効能が有るのは長い人生経験上
なんとなく解っては居た事なのですが
これほどまでに気持ちが穏やかになるものなのかと
本当に感動したのでした。
やなせ先生のお兄さんが特攻したエピソードを基に作られた
アンパンマンの歌を聴きながら何だかわからない気持ちに
涙が止まらなくなったり。
そんな震災直後に作られた新曲がドロップされたようです。
何だか凄くシビアな事象を素敵な音楽に変換された天才の所行。
とりあえずはチューブで観る事が出来るみたいなので(いきなり消されるかも、笑)
貼付けておきますがふらりと思い出して色んな人の心に留まってほしいなぁ
なんてちょっと思ったり。



→チャラン・ポ・ランタンofficial

→iTunes配信はこちら


【歌詞】

人生のパレード

作詞・作曲:小春

いつからなのか
いつまでなのか
覚めない悪夢にうなされて

うそなのかしら
ほんとうかしら
ゆがんだ地面にゆがんだ心

見えないとこで
見えないものが
いつだかこちらにやってくる

うそなのかしら
ほんとうかしら
不安と孤独が渦を巻く

終わりのない憂鬱
灯りは消されてゆく
それでもパレードはつづく
人生のパレード

欲張りすぎて持ちきれないわ
うしろを見ないで捨ててゆく

気づけばここは崖っぷちだわ
うしろを向いたら見えてくる

終わりのない憂鬱
灯りは消されてゆく
それでもパレードはつづく
人生のパレード

終わりのないおはなし
希望は消されてゆく
それでもパレードは続く
いつも いつまでも

夢を見るのをやめないで
パレードは続いてゆく
私も連れてってよ
01:10 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
超個人的解釈〜"Tomato n' Pine TOKYO"という薬草の様な世界〜
本日、6月15日。
猛烈なショックを受けて頭の中がグヨングヨンに
成る程に打ちのめされてしまった
Tomato n' Pineの公開Ust放送&申し訳アフタヌーンでの
ライブアクションから丁度一ヶ月、
いまだに私の頭の中に感情の渦を巻き起こす
Tomato n' Pineというグループとは
何なのだろうか?勝手な憶測大爆発の中
自己検証してみようかと思って記してみます



Tomato n' Pineオフィシャルサイト


Tomato n' pineとは18歳〜21歳位までの
少女3人で組み立てられたガールズグループであります
発足自体は2009年、ミスマガジンの
グラビアミス・コンテストの選考に残った少女二人組で結成
誕生日が一緒、同じ学校という奇跡の様なCutie少女二人組で
各々がタレントとして活動しながらも
音楽活動も行うというスタイルで
ふわりと爽やかなアイドリングを魅力に据えてレコードリリース。
諸事情により約一年弱の活動期間をもって一旦休止。(シーズン1)
2010年、春には新しいメンバー2人を加えての3人組で
"シーズン2"として再スタートし、今に至っている。

新しく組み立てられたシーズン2では年齢差を用いた
”三姉妹”ギミックをもってキャラクタが振り分けられており
脈々と過去より続いているがっちりと設計された
アイドルアクションとは異なる
自然な味付け、歌、振り付け、衣装、展開が魅力的


私がちゃんとこのグループを認識したのは
シーズン2のリリース「キャプテンは君だ!」のレコード。
それ以前の1stリリースCD「Life is Beautiful」は
楽曲としては認識してはいたものの、
あくまでレコ屋に散見される
女の子Voのハウス風日本ポップスとしか捉えておらず
聴きこなすには至らなかったのでした。
詩の中身は等身大の彼女達から溢れ出す
女子高生的「毎日楽しい素敵な日々◎」が満タン備蓄状態。

そして、個人的爆発フックはシーズン2になってからの
2ndシングル2曲目の「POP SONG 2 U」
子供の頃に背伸びして聴いたカイリーミノーグの様な
キラッキラのユーロビーロチューンにもうメロメロで
猛烈に毎日聴きまくったのでした。。
今此れなのか?!と。
最高過ぎるではないか!と。。

それから少しの時間が過ぎて3.11直前に
メジャーデビューシングル「旅立ちトランスファー」リリース
ここで私の感覚は確実にアテてられたのです。

私自身の身の振り方に疑問を持ち始めて
アクションを無理矢理止めてしまったという状況の中、
お尻に火を着けるように急かす様なトラックと詩で、
「しっかり前を見て行き過ぎる時間に飲まれぬ様に
一つアクションを起こせよ、変化を恐れる事無く。」

と叱られた様だった。

この曲を胸に、勉強させてもらう気持ちで
イベントに臨んだのでした。

トークの席では誰もが朗らかになる様な素の侭の少女達、
歌のライブアクションになると見ていて危ういくらいに
こなれていない立ち振る舞い。

そこに漂うものは日常の刺々しい人々との交流や
世知辛い社会から解放してくれる様な優しい空気。

「此れは何なのだろうか?」という不思議な感情しか心に起きなかった。

モヤモヤはどんどん積もり
「Tomato n' Pineとは何なのか?」
という疑問しか頭には浮かばなくなった


そんな中での思考、これは全て憶測。

「このふわっとした振り付けの所為なのか?」
「超マイペースの空気も仕掛けられたトラップなのだろうか?」
「こわばった表情の所為なのか?」
「全ての行い、振る舞いにもしかしたら本があるのか?!」
「歌に重きが置かれている!巧いか下手かではなく"丁寧に"って所で」
なんてぼんやりと靄を晴らす様に思考回転回転。。。



こんな時にプロデューサーさんのJane Suさんが
ご自身のアカウントで少し答え合わせの様な言葉を呟かれた

「ガールズグループ史に疎いまま
トマパイやってて申し訳ないんですけど、
やり始めていろんな方々を見るたびに、
誰にでも必ず輝く方法と居場所があって、
その子にしかできない事があるという思いが強まります。
型は無限。それを三人が体感して、表現して、
それを見た人がなにか感じて貰えたらいいなと。
だからこそのあの3人というのが、
シーズン2を始めるにあたって
玉井健二にも私にも非常に強くありました。
ただ「誰にでも居心地のいい居場所はあるよ」
っていうのは信条というより
ぼんやりした心情みたいなものなので、
受け手の方はトマパイ気に入った時があれば
好きに楽しんで頂けたら…と思います。」




そういう事なのか。
一つのコンセプトの上を走らせるのではなく
作り手さんの意図する所
「彼女達にとって居心地の良い場所」を作って
「輝く方法」を提示してあげるという
大きな方法論をもってキャラクタ設定の世界観と
上品なトラックメイキング
ここに彼女達の"素"の性格を並走させる事で手探りの空気が消えて
プロジェクトが皆同じ到達点を見る事で出来る安定感。
そこで出てくる
「だからこそのあの3人というのが〜」という選定眼。
故に生まれてくる刺々しさの無い「優しい空気」。
自然体が故の穏やかなバイブス。
そして紡ぐ説得力抜群の詩の世界

此れ等が渦巻くものが
プロジェクト"Tomato n' Pine"なのではないか?

なんて言う答えの様なものがうっすらと
見えた様な気がしたのでした。

実はここに至るにあたって、TBSラジオ放送の
「高橋芳朗 HAPPY SAD」2011.05.22放送分
でのグッドフレンズのコーナーに
ゲスト出演されたJane Suさんの
「アラサー女子に捧げる音楽を用いた人生の歩き方」特集
での鋭すぎる観察眼と解釈、言葉の紡ぎ方という点での
ハードコア度数が振り切れていて、プロジェクトに対しての
信頼出来る言霊使いという認識は強くなりました◎
この人は作るものはまさに薬草だと(笑)



先日、モヤモヤとした田舎のコミュニティ特有の
こんがらがった生活の中で
シーズン1でキャッキャしていた
少女達へのセルフアンサーソング
"Life is so Beautiful"を聴いた瞬間
感極まって思わず涙が溢れてしまった。
それは1stシングルで歌われていた少女が年月を経て
社会に呑まれた生活の中で
思い出となった当時の気持ち、
過去の"無敵だった私"をフラッシュバックさせ
成長を賛美し此れからの素敵な日々への決意の詩

立ち止まった私の背中を叩き、
追い越し様に
「素敵な日々は続いていくよ」
と"肩越し右ピース"をみせて
走り去っていったガールズ達の姿を
見失う事無く追いかける事にしようかなぁ。。。

なんてふわりと思っているのでした◎
11:25 | 雑記 | comments(0) | trackbacks(0)
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  • 出会った頃の私たちは心細くて不安もあったけれど、いつもどこかでワクワクしてた。とにかくあの頃の空は、なんだかすっごく広かったんだ〜映画「ソラニン」〜
    nell (10/21)
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